リブ庫

キャリアカウンセリングとか模索するliveco高安千穂の近況報告

2014年7月14日の日記

 

『今日は聖子さんちに行ってきた。
聖子さんちに行く前、無性に涙が出てしかたなかった。

本当に、聖子さんとの出会いから、いろんなことが始まった。史子さんとの出会いやチョーノさんとの出会いや、梶川さんとの出会いや、いろんなことはあったけれど、私にとっての決定打は、聖子さんとの深い共感と痛みと、だからこその光明、だったのだと思う。

私は、苦しいんだと。あの時のことにまだ縛られていて、恨んでいるんだと。まだ許せていないんだと。そういう、くらい闇の中にいたり、まだそこから出てこようと思えていない自分を認識できたり、誰かと共有していいんだと思えたのは聖子さんのおかげだ。聖子さんは、私と同じ怒りや苦しみを持っていて、かつそれを克服しようとしてきた近しい精神やスキルがあって、そして共有し合える何か共通の言葉がいくつかあったからなのかなと思う。


そんな私と、聖子さんは一緒に遊んでくれた。初めて、仕事以外の場で何かをやるということが、聖子さんのおかげで、叶った。しかも大友さんの司る場で。(千住フライングオーケストラ へんてこ縁日)大友さんと同じフィールドで生きられた。何をどうしていいかわからなくて、とてもドキドキした。でもできた。

 

その帰り道だったかなと思う。


私は何もできないんだと思う。
いつもそう言う声が聞こえているんだ。
という、私がいよいよ、結構久しぶりに吐き出した、本当の本音に、聖子さんは言ってくれたのだ。「大丈夫、あなたは出来る人だ」と。

「やろうとする人と、やろうとしない人、それだけですでに選ばれている」
「やろうとしている時点で、すごいことなんだ」
「こんなすごい人とこうして接しているのは嬉しいこと」

「『できない』と言うひとと『できる』と言う人が必ずいる。
 そのどちらの声を聞くのかは、自分次第なんだよね」と。


そう、真っ暗闇で、いろんな声を聞いて、たくさんの自分を呪う声を聞いて、もがき苦しんだ聖子さんのいう言葉だからこそ。ノイズだらけでなかなかいつも届かない私の気持ちの底まで、しんと届いた。私も同じように、呪いの言葉に踊らされているその中を、選ぶしかないのだと、受け取ることができた。

呪う言葉は、きっと聞こえなくなることはない。
そしてきっと背を押す祝福の言葉も同じ時に同じ場に、聞こえているはずなのだ。
そのどちらを聞くのか。選んでいるのは、確かに自分自身だ。そう、思えた。

私は、自分や、彼や、あの人の、呪いの声を聞いていくのか。
私は、聖子さんや、史子さんや、子どもや、学生の声を聞いていくのか。
答えは、明快だった。

そうだね、応援してくれる人の声を聞く。
そう、心から、言えた私に、聖子さんはうん、とさも普通にあいづちを打っていた。
3月の、風が強く寒かった日、江戸川橋の夜のファミレスでのことだ。

 

 

 

 

 

それから、私は、私に都合のよい言葉しか耳を傾けないようにした。
時々はそれでも、罵声が耳に聞こえてくる。
なんだか辛い時も、聖子さんのことを想うと、生きていける気がした。
同じ暗闇を知っているひとがいる。
その人は光に向かおうと試行錯誤している。
平然と立っているけれど、足は半ば飲みこまれている。
それでも生きていける。
だから私も大丈夫だ。
一人ではない。こんな暗闇を知っているひとは。

 

そう思うと、暗い中でもひとりぼっちで立っているひとは、私の中に結構いた。
聖子さんはもちろんそう。
史子さんもそう。
長野さんもそうかな。
組織にいても、どうしようもない「自分はこれをやらなければならない」という謎の内的な動機に突き動かされて、たいして得にもならない、つまんないことを、やせ我慢をしてやっている。
そんなひとが、私の中にいることは、私にとって、とても幸福なことだ。
そんなことを最近、思う。』

 

 

f:id:chihotakayasu:20181109090934j:plain


ここからは蛇足なので削除しようと思うのですが、こんなこともあったなーと懐かしかったり、宅急便の出どころが一部わかった気がしたので、一時的にのっけておきます。。笑


「すごいよ千穂さん。そんなくそまじめな勉強会に20人も来るなんて」

「くそまじめ」で「人が20人来る」というのは、今まで私が頂いた中でも相当に嬉しい褒め言葉だった。
そう、私の取り柄は「くそまじめ」である。
そして私がそれを一生懸命くそまじめに発信していると、ちゃんと「くそまじめ」が集うのだ。
それを「千穂さんらしい、まじめないい人が来る場」という評価をしてくれる。
「楽しい」「学びたい」「もっとやりたい」
そんな声が私にはちゃんとまだ聞こえていて、後じさりしたり、落ち込みたがる、私の背中を支え続けてくれる。

 

そして幸いにしてそういうやり方から、たくさんのことを学ぶ。

一つ一つの言葉や行動を承認し続けることで「次のアクション」が自発的に芽を吹き出すこと。その小さな芽に水をやり肥料をやること。
私一人では何もできないから、そうして人の想いと行動を育てていくことで、私がいなくても動いていける、想いの集積としての運動体を作ること。
でも最初だけ、回し始める人が必要だと言うこと。
少しやってみたら、いろんなコツがわかってきた。

今日だけでどれくらい動いただろう。「やろうよ」という言葉がたくさんの人を引き付けられること。それを今日また改めて知った。
自分の発言で自分がやる気になるとか、周りの人を引き寄せるなんて、理解できないと思っていた。でも今日はすごくそれが理解できた。もう「やるよ」って言えばそれで成功するとさえ思った。
ずいぶん調子にのったものだ。
でも特に自分がそれまで水をやって世話をしてきたものであれば、きっと綺麗な花が咲く。そういうおかしな風が吹く。今はそう信じられるから、だから自分が種をまき水をやるのは、時間がかかるかもしれないけれど、これからも誠実にやっていこうと思う。

 

 


夢を見て、そしてそれはいずれはかなう。
いつかきっと私は学生と若年層と女性を対象に、キャリアを支援する何かを運営する。
聖子さんとも、何かを立ち上げられたらいい。
聖子さんの多彩な活動の一つが芽吹き、その運動体が些細なお金を産む日が、きっと来る。』

私はまだ、もう、ロビーにいる

たいへん、強い星が、集まってきている感じがする。

みんな口々に、受けてきた抑圧についての「もういやだ!」を宣言し、そして隠せない内的な魅力が、もう溢れてきてしまっている。

きっかけは、発達障害についての勉強会をひらきたいんだと、せいこさんの力を借りて、みんなの前で、悩んだり考えたりしていたのを、丸出しにさせてもらったことだった。

ひっそりとみて、とても強く噛み締めてくれている方々がいるんだなあということを毎日少しずつ教えてもらっていて、毎日毎日、こういう切ないのぞみを濃密に共有してもらっていて、もう、私の中からももうすぐ、溢れてしまうんだろうなあという気がしている。


その人が持っている、まだ本人には見えていなかったり信じられないでいるのぞみを、私が見えているのであれば、何かに繋げていかないで、なんなんだ?

f:id:chihotakayasu:20181109004813j:plain

稲毛神社にも行ったっけ

引き続き、神奈川県コミュニティカレッジの「発達障がい児地域支援コーディネーター養成講座」に通っている。

先日は、丸山恭子先生によるスーパービジョンであったけれど、そこで3時間の講座内にぶっ通しで起きていたことは「スーパービジョンとは、なんだと思う?」をただひたすらに問われ続ける私たち、だった。逐語録、というキーワードが出てきて、先生がそこでなさっているのは確かに逐語録のように、私たちを丸裸にして、バラバラに解体してゆき、そしてまた私たちが職業倫理を果たすための自分たちをみんなで丸ごと再構築してゆくような、遠慮なんて言っている場合ではない、そんな一種厳しいプロフェッショナリティに裏付けられた場だった。

感想を言いたい、というリクエストをそれはごめんと一刀両断になさった場面があった。みんな、伝えたいことは山ほどあるよ。でもそれは今じゃない。私たちのmost interestはなに?子どもたちの福祉、子供達の命、だよね。
そう言ったやりとりが、私たちを強く揺さぶったと思う。私たちが職務を果たせるようになるために、自らを高めることに集中する、自らを高めることにもっともっと集中する、それは、私たちが体験してきたあの無残な失敗を繰り返さないように。そう言った、職業を背負ってきた先輩方の強い指針と覚悟を見た思いだった。


発達障害の勉強会をやりたい、やる。と決まってから、他の作業に押されてまだ取りかかれないでいたけれど、この日を待っていたのかもしれない。スーパービジョンなんてできないけれど、私が自ら解体するのを、みんながそこにいて何かを感じてくれたらいいのかもしれない。みんなが解体して、そして再構築してゆく。新しいvisionを見る私になるための特殊な空間。そういうのが、スーパービジョンなのかと、思いました(って言ったら丸山先生からはなんと返ってくるのだろう。私は今日はたくさん実験体にしていただけてとてもラッキーだった

そんな午前中とは打って変わって、午後は、決算や税務申告について学んできた。毎月通った裁判所の近くだ。営みを計上して税を収めるための仕組みというのは、改めてまあよくできている。そして営みの傍、お給料を払うというのは、本当に大変なことだなあ、とも改めて思う。今はまだ、経営者が従業員に給料を払うというのは、とても大事に思わなければ、できないことのように思えた。社長に守られて、ひとは、思った以上に、自分と社会を結びつけ生きてゆくことができる。

 

会社と社会を巡るこの仕組みや、会社と人をむすぶこの結びつきに比べて、家庭というのは、いかがなものだろうか。歩き慣れた帰り道に、ふとそんな疑問が心に落ちた。結婚という契約一つ、その後の保証などあったものではない。会社を通じて社会と繋がる安心感と比べて、家庭のもたらしてくれるものとは、一体なんなのだろう。家族とは。

 

私には、答えは、なかった。家族という契約が、会社と個人との契約以上に個人に安心をもたらしてくれるものが、わからなかった。

 

でも私には、家族と言われるものではないけれど、強いパイプで繋がれた、とても信頼できるつながりが、無数にあるのだと、すぐさま思い浮かんできた。無数の友達や仲間、それからそこにひもづく頼もしい感情が、すぐにありありと浮かんでくる。一つ一つ、小さな営みを通して重ねてきた思いだから、簡単に崩れるとは、私には思えなかった。家族なんかより、よほど頼もしく、愛おしい仲間たちが、社会にはたくさん私と支え合ってくれている。嬉しかった。丸山先生の顔が浮かぶ。あの高潔で純粋な職業倫理を分かち合えたなら、きっとどんな時でも、先生や、同じものを分かち合った仲間たちと、瞬時に繋がれる気がした。そうだ、そういうものが私にはたくさんある。

 

それはもはや、一種の家族なのかもしれない、と思う。そんなことをつらつら、川崎の帰り道。

f:id:chihotakayasu:20181109021839j:plain

メンテナンスという回復

一つ大きな区切りがつきました。

一言では言えない、様々な感情に襲われた金曜日。

だったのですが、なんということか、この日は娘の誕生日で、毎年、花を買って、あたたかい気持ちで過ごすことができる日だなあと思いました。この先どんなことが起こるかはわからないけれど、子どもたちに感謝しながら、一つの終わりをこれからも抱えていきたいと思います。


ということがあって、迎えた週末は、マインド的にはなんとも不安定でしたが、
・いよいよメダカを水槽にin!みんな元気!
・新しい毛玉取りで毛玉をとってコロコロかけたら新品みたいに!
・お気に入りのワンピースにスチームアイロンかけて新品みたいに!
・久しぶりにストレートアイロンを出してきて娘の髪をくるくるにできるように!
・ブランケットを出してきて、全部洗濯乾燥!ふかふか!
・調子の悪いアクセサリーを修理・アレンジ!
約束のネバーランド最新刊読んで3回泣く!
・大奥の最新刊読んで満足の溜息をつく!
・メルカリ大量出品&どんどこ売る!
・2箱分の古本を持って行ってもらった!
・3袋分のゴミを処分!
・子どもたちとこれからの話をする
・私とこれからの話をする
という、メンテナンス、リカバーが妙に進む結果に。

メダカはですね、夏休みの自由研究材料として飼い始めたのに、全滅させちゃうという苦い経験があって、ヌマエビたちと1ヶ月に渡る水づくりにトライして満を辞し!という経緯があるので、特に、嬉しい。元気に泳いでいるメダカたちは、とても可愛いです。


最近友人でも劇的な変化に巻き込まれている最中にめちゃくちゃ断捨離を進めているというのを何件か聞いていたので、混乱にある時こそ、物理的な対象を通して、自分のケアや整理を進めようとするみたいなこともあるのかなあと。


・・・もう少し、過去の自分との約束を振り返り、そしてまた自分と約束をしてゆきたいなあと思います。

 

f:id:chihotakayasu:20181105082229j:image

こすぎの大学5周年イベントのクロストークでお話しさせてもらった

先日は、私が「川崎市民」になるきっかけを作ってくれた偉大なコミュニティ、こすぎの大学の5周年イベントに行ってきました!

www.kosuginouniv.com

こすぎの大学とは、

大人から子どもまで、武蔵小杉に住まわれている方、勤められている方、興味のある方、こすぎが大好きな方たちが集まる、自由で広く楽しく学んでつながる、“学び舎”です。一緒に「武蔵小杉に関わる人を知る・語る・好きになる」を体験・共有しましょう。

という、いわゆる市民大学!?です。

 

私はお隣駅に住んでいて、2014年頃だったかと思うのですが、ひょんなきっかけでこのこすぎの大学を主催する企画ユニット6355のオカポンさんに出会い、こすぎの大学に参加し、以来すっかり参ってしまったのでした。

 

f:id:chihotakayasu:20181030222139j:plain

 

イベントの第一部では、明治学院大学の坂口緑先生の基調講演。
「全国に広がるソーシャル系大学の可能性と効果」としてさまざまなお話を聞かせていただいたのですが、先生がおっしゃったように
「校舎を持たなくても街がキャンパスになる。先生を雇わなくても街にたくさん先生はいる。学びたい人と伝えようとする人がいれば学校は成立する」
ということを目の当たりにさせてもらった衝撃は私にとってもとても大きく、私自身も強い影響を受けましたし、そこに集まる人たちが元気になっていく様子からも、これはえらいことである〜と常に畏敬を持って注目して来ました。

 

こすぎの大学では、毎月1回、地域の先生(つまり街の人)をおよびして、みんなで学びあいをします。カリキュラム(段取り)はいつも決まっていて、学びに入る前のウォーミングアップがあって、先生のお話を聞いて、テーブルで付箋やペンを使いながら意見交換を3回転して、最後にシェアをします。途中はお菓子や飲み物を飲み食いしてOKで、いい感じで時間は進んでゆきます。授業には、いつきても来なくても自由です。大抵そのあと飲み会があります。部活動もあります。

 

f:id:chihotakayasu:20181030222241j:plain

 

多種多様な先生が毎回登壇をしてくれて、毎回ユニークで、刺激に富んでいて、こすぎにはなんと豊かな先生たちが暮らしているのか、なんと多様な仲間たちが住んだり暮らしたり訪れたりしていることか、と、当たり前だけれど、とても幸せなことに、気づけます。

 

何か仕事がうまくいかないとか、誰かと話したいとか、楽しくご飯が食べたいとか、人間関係がうまくいかないとか、人生がつまらないとか、友達が欲しいとか、もっと楽しく生きたいとか、ちょっと体を動かしたいとか、もっと具体的な困ったことがあるとか、そういうなんともし難いちょっとした悩みも望みも、だいたいこういう場があれば、ちょっと、解決することができる。
解決することができるというか、地域には友達や支援者といった望めば繋がれる「隣人」がたくさんいることに気づける。繋がることはものすごい可能性を秘めていて、自分の視野を広げることが大抵の場合には大きなヒントになるし、自分次第で、繋がった人たちは、ものすごくいろんなことを叶えてくれる。


こういった場は、自分を取り戻すサードプレイスであり、そしてやりたいことを叶えていくための本当の「学び場」だと思います。

 

f:id:chihotakayasu:20181030223126j:plain

 

でも、こういう取り組みって本当に貴重で、そして生き物だと思います。
人が集まらなければ主催メンバーにとってのモチベーションの意味でも経営の意味でも持続が難しくなってしまう。かつては全国にたくさんあったこういった「ソーシャル系大学」も、ピーク時に比べると数が半減しているというお話もありました。
でも、失ってしまってから無くしたものの大きさに気づくのではもう遅い。こうした素晴らしい場は、みんなで手をかけ気持ちを傾け続けてこそ、継続させていくことができるものだと思います。

 

あれ。登壇させていただいた話を書こうと思ったのだけれど、こすぎの大学への愛を少し語っただけで終わった。なんでこすぎの大学がすごいか、という話はまだたくさん語りたいことがあるので、おいおい少しずつ。
でも登壇について一言だけ言うなら、地域の先輩、まちづくりの先輩方の間に挟まってお話する機会をいただけて、本当に濃密な時間でした。でも凄い人たちに圧倒的な話を聞いた、と言う感謝というよりは、それぞれの当事者が、経験も、背景も、パーソナリティも、やってることも、持ち味も、全然違って、本当に多様で、それぞれがある種「勝手」であることが、なんだかいいんじゃないかなあ。という不思議な感謝の気持ちに満たされました。

 

f:id:chihotakayasu:20181030225622j:plain


街は、自分たちでつくってこそ、初めて自分の街になる。そんなことをいつも教えてくれるこすぎの大学。みんなが勝手に街を楽しむ。そんな「ゆるさ」もまたいろんな人を受け止める土壌になる。そんなことを感じながら、オープニングからエンディングまで、ひたすら楽しい時間でした。

呼んでくださったオカポンさん、いつもありがとうございます。私もいつかオカポンや6355を呼べるようになるかな。

こちらが公式アーカイブ。全70回分も圧巻。

www.kosuginouniv.com

STORY事件総括

10月もだんだん終わりに近づいてきましたが、そうそう、STORYに出ました、という事件が10月にはあり、SNSなどでは大きな反響をいただきました。大変ありがとうございました。

11月1日になれば11月号が出るので、もうそろそろ本記事も一段落です。

 

f:id:chihotakayasu:20181025231803j:plain


STORYはみなさんご存知の通り、たくさんのファンの方がいらっしゃる本当に素敵なファッション誌なので、ご依頼を頂いたときには私でいいのか恐れ多い気持ちしかなかったのですが、せっかく「柔軟な働き方の必要性」や
「すでに実践していてすごくいい感じだよ」
「興味のある人に希望をもってほしい!」
といったことを伝える、素晴らしいチャンスを頂いているんだから~!という気持ちで、チャレンジさせて頂きました。

結果的には、編集者さん、ライターさん、カメラマンさん、メイクさんの素晴らしい腕前により、とても素敵な記事にしていただき、思わぬ方向から反響を頂いたりして、柔軟な働き方やWLBについて、今の私なりの一石を投じられたのならうれしいな!とひたすら思っています。

私以外にも、企画としては複数名の週3休社員さんたちが登場なさっていて、やっぱり増えてるんじゃ〜ん、やっぱりそういう動機が増えて来られてますよね、と言った実感ができて、私もとても興味深かったです。そしてそう言った発信がファッション誌から、ということもなかなか素敵だなと思います。

 

さて、それから、実は企画が決まってすぐに駆け込んで、お二人のプロにわたしはご支援をいただいていましたので、是非ともこのお二人への感謝をお伝えしたく。

おひとりは、イメージコンサルタントのmaricoさん。
私の友人も多数まりこさんにお世話になっているのですが「どんなイメージでありたいか」を明確にしたり、求められているだろうイメージをフィードバックして下さり、そして自分にあうあわないの客観的な要素を加味しながら、イメージを実装するためのお買い物を一緒にしてくださるコンサルティングをしてくださいます。

今回は
「STORY10月号に出られるようにしてください・・・」
「サイズアップしちゃってるのですが・・」
という直球すぎる&泣けるリクエストでしたが、すぐさま日程を調整して下さり、9月初旬の、秋冬物なんてまだ全く準備ができていなかった私に即効のスタイリングをご提案下さり、写真を撮ったわたしは、
服の力ってすごい・・・!
というかまりこさん本当にすごい・・・!
と改めてひたすら感謝でした。本当なら雑誌にもスタイリングはmaricoさんです、とクレジットを入れたい存在です。

 

今回、服やイメージの影響力を改めて感じることができたのもまりこさんのおかげでした。まりこさんのイメージコンサルティング、スゴイですよ。プレゼンや面接の時にもめっちゃ自信持っていけますよ。勝負服も、普段着も、やっぱりイメージ大事。老若男女関係なく、興味がある方は是非コメントかDMください^^(今はご紹介のみ受け付けておられます)

 

それからもう一方は、ファスティング指導士の山岡玲子さんでした。

organic-fasting.strikingly.com

こちらも、私の周りでは多くの方がお世話になっています。

体重調整にも大変な効果を期待できますが、多くの友人は、体重調整より体調の調整の効果が大きいんじゃないかなあ。わたしはよく糖質中毒~低血糖症片頭痛という日々になりがちなのですが、これに気づいたのは玲子さんのファスティングを経験して強烈な頭痛を経験したからで、私の体は糖質に振り回されてるとめちゃめちゃ自覚することができました。それから度々ファスティングを経験することで、糖質や血糖値との付き合い方を少しずつ覚え、乱れた食生活をリセットしつつトレーニングをさせてもらっている感じです。
これは、興味のある方はどうぞ直接お申し込みくださいませ(ご連絡くだされば私にわかることはお伝えします^^

 

今回玲子さんのおかげで多分一回りは細く映れた(もとは一体・・・・?)。
まりこさん、玲子さん、本当にありがとう~!!


よし、これで私の中でSTORY事件はいったん終了です。笑 
でもまた新しい発信にも積極的に取り組んでゆきたいです!

 

発達障害についての勉強会をしたいのでコンサルタントに相談することにした

発達障害について学んできたことがとてもたくさんになり、そして本当に大事なことだと衝撃を受け続けてきたので、少なくとも興味のある方に共有したいけれど、伝えたいことが膨大になってしまい、どうしよう〜とクヨクヨしていたのですが、

 

そうだ、人と美のせいこさんが場づくりお悩み相談の個人セッションをなさってるじゃないか!

hitotobi.hatenadiary.jp


と思い立ち、明日10月12日(金)の11時20分〜12時頃にセッションしていただくことになりました。

 

先日以来、引き続き聖子さんとは色々な発信実験中なので、私のfacebookのタイムライン上で打ち合わせを「ライブ配信」してみようかなと思っています。興味のある方は、オンタイムでも、事後でも、よかったらのぞいてみてください。内容作りから興味を持ってコメントくださったりしたら超うれしい。後日、聖子さんのyoutubeチャンネルにアップされる予定です。

 

勉強会やシェア会の作り方について、聖子さんの場づくりコンサルティングについて、ライブ配信について、発達障害を考える場づくりについて、二人の会話について、などに興味のある方にオススメです(?)。

 

ちなみに以下が、私が聖子さんに送りつけた事前質問票です。例によって色々過剰なので、オエップとなったらごめんなさい。好物の方だけご覧ください。

 


■聖子さんにお願いしたいこと
・自分のひらきたい場が、読書会がいいのか、シェア会がいいのか、そのどれでもない場なのか、などどういう場がいいのか混乱してきたので、一緒に整理し、考え、場の設計をしてほしい

 

■私の望み
・すっごいイイ勉強をさせてもらっているので、これを興味のある人にいい感じにシェアして、盛り上がったり、静かに噛み締めたりしたい


・具体的には、神奈川県立コミュニティカレッジが主催する「発達障害児地域支援コーディネーター養成講座<基礎編>および<実践編>」の中で特にインパクトが強かったものと、そこから関連して私がぜひ紹介したいと思った書籍、あともし入れば原宿カウンセリングセンターで信田さよ子さんに習った暴力についての学びなどをシェアしたい

 

■迷いポイント
1)ある程度の情報量を、参加者それぞれなりのいまの理解度や感性でもって自由に、でもある程度の責任とともに受け止めて欲しい→聖子さんがやってらした読書会形式のように、最初にそれぞれ自由に読んでもらう時間があるといいのかな(講座主催者からは、資料を使った勉強会はOKいただきずみ)

2)みんなの自由な解釈や体験談を、安全な場でシェアし、承認し合い、じゃぶじゃぶしたい→1の後にシェアタイムの流れかな

 

3)一人でやるということに気持ちが前向きにならないので、だれかパートナーに立ってほしい→公募?まずは一人で頑張る?聖子さん請けてくれないかな笑(特に2のハンドリングが心配

 

■今の所シェアしたいテキスト
①医学的観点からみた発達障害
②LD(読み書き障害)
③生来的気質と後天的反応(発達障害/愛着障害/虐待の区別)
④子どもにとっての権利とは(川崎市フリースクールの事例から)
⑤「小・中・高に通わず大学へ行った話」
⑥グレーゾーンとコーピング
⑦暴力(信田さよこ先生の講座をまとめたい)

 

■つまり伝えたい概要は
一人一人が特殊なのでは & それぞれが特殊性に折り合うためのコーピング

 

■あと迷ってるのは
・何時間×何回やろう
・時間帯や曜日はいつがいいかな
・リアル?オンライン?
・(上記によって)テキストのシェアの仕方
・ちょうどいいテキストの分量
・費用?
・ファシリが注意すべきこと?



です!!

 

 

f:id:chihotakayasu:20181012002541j:plain